僧帽弁閉鎖不全症|B1・B2の違いと薬を始めるタイミング
健康診断などで「心雑音があります」と言われたとき、すぐに心臓の薬を始めるべきか迷われる飼い主様は少なくありません。犬の僧帽弁閉鎖不全症(粘液腫様変性性僧帽弁疾患:MMVD)では、心雑音があっても、すべての犬に同じ治療が必要なわけではありません。
治療を考えるうえで重要なのが、心不全をまだ起こしていないStage B1とStage B2の違いです。心エコー検査や胸部X線検査などで心臓の状態を確認し、その子に適した時期に治療を開始することが大切です。
僧帽弁閉鎖不全症のステージとは?
米国獣医内科学会(ACVIM)の2019年コンセンサスガイドラインでは、MMVDの病期をStage A、B1、B2、C、Dに分類します。心雑音の大きさだけで病期を決めるのではなく、心臓の構造、心拡大の有無、心不全歴などを組み合わせて評価します。[1]
| ステージ | 状態 |
|---|---|
| A | 発症リスクがあるが、心臓の構造的な病変は認められない |
| B1 | MMVDがあるが、治療開始基準となる心拡大はない |
| B2 | MMVDがあり、治療開始を検討する程度の心拡大がある |
| C | 現在または過去にうっ血性心不全を経験している |
| D | 標準的な治療で管理が難しい難治性心不全 |
B1とB2の違い|治療方針を比較
Stage B1とB2は、どちらもMMVDによるうっ血性心不全をまだ起こしていない段階です。外見上は元気に過ごしていても、心臓の大きさや推奨される治療方針が異なります。
| 比較項目 | Stage B1 | Stage B2 |
|---|---|---|
| 心不全症状 | なし | なし |
| 心拡大 | 治療開始基準に達しない | 一定以上の拡大がある |
| 基本方針 | 定期的な再評価 | 適応を満たせばピモベンダン |
B2はどのように診断するのでしょうか?
ACVIMガイドラインでは、ピモベンダン治療の対象となる代表的なStage B2の判断材料として、収縮期心雑音がGrade III/VI以上、左房径/大動脈径比(LA/Ao)が1.6以上、体重補正左室拡張末期径(LVIDDN)が1.7以上、犬種を考慮した椎骨心臓サイズ(VHS)が10.5を超えることなどが挙げられています。[1]
ただし、LA/Aoが1.6を超えたという一つの数値だけでB2と断定するものではありません。犬種、体格、心雑音、心エコーや胸部X線の所見、過去の検査との変化などを総合して判断します。
LA/Ao・LVIDDN・VHSとは?
LA/Aoは、心エコーで左心房の大きさを大動脈径と比較した指標です。僧帽弁逆流が進むと、左心房が拡大することがあります。
LVIDDNは、左心室が拡張したときの内径を体重で補正した指標です。犬の体格による心臓の大きさの違いを考慮して評価します。
VHSは、胸部X線写真で心臓の大きさを椎体の長さに換算して評価する方法です。犬種によって基準値が異なるため、数値だけで機械的に判断しません。
Stage B1|薬よりも定期的な評価が重要
Stage B1では、MMVDが認められていても、治療開始基準を満たす心拡大がないため、病気の進行を遅らせる目的で心臓薬を一律に開始することは推奨されていません。[1]
ただし、何もしなくてよいという意味ではありません。一般に6〜12か月程度を目安に心エコーや胸部X線などで再評価を検討し、心雑音、呼吸状態、活動性などに変化があれば早めに診察します。再検査の間隔は個々の病態に合わせて調整します。
Stage B2|ピモベンダンを開始する理由
Stage B2では、心不全の症状がなくても左心房や左心室に一定以上の拡大が認められます。この段階で、心不全発症までの期間を延長する効果が示されている薬剤がピモベンダンです。[1・2]
その主要な根拠となるEPIC試験は、心拡大を伴う無症候性MMVDの犬360頭を対象に、ピモベンダン群とプラセボ群を比較した無作為化臨床試験です。[2]
EPIC試験の結果は「寿命が15か月延びる」ではありません
EPIC試験では、うっ血性心不全の発症、心臓関連死または安楽死という複合主要評価項目に到達するまでの中央値が、ピモベンダン群1228日、プラセボ群766日で、差は462日でした。[2]
これはすべての犬の寿命が462日延びるという意味ではありません。研究対象集団での複合評価項目までの期間の比較であり、個々の犬の経過は年齢、病気の進行速度、併存疾患、治療への反応などで異なります。
| EPIC試験の比較 | 中央値 |
|---|---|
| ピモベンダン群 | 1228日 |
| プラセボ群 | 766日 |
| 群間差 | 462日 |
対象:無症候性で心拡大を伴うMMVDの犬360頭。数値は複合主要評価項目到達までの中央値であり、生存期間そのものではありません。出典:Boswoodら、2016年。[2]
治療の利点と注意点
ピモベンダンは適切なStage B2の犬で心不全発症などを遅らせることが期待できますが、薬剤による消化器症状などの副作用が生じる場合があります。すべての心疾患に同じように使用できるわけではなく、病態によっては投与に注意が必要です。
ACE阻害薬などの併用については、Stage B2のすべての犬でピモベンダンと同等の予防効果が確立しているわけではありません。血圧、腎機能、心疾患の状態、ほかの治療薬を考慮して個別に判断します。自己判断で投薬を開始・中止・増減しないでください。[1]
Stage Cとの違いと受診の目安
Stage Cは、現在または過去にMMVDによるうっ血性心不全を経験した段階です。肺水腫を起こした場合には、ピモベンダンに加えて利尿薬などの治療が必要になることがあります。
睡眠中の呼吸数が普段より持続的に増える、咳が増える、運動を嫌がるなどの変化があればご相談ください。呼吸が苦しい、横になれない、失神した、舌が青紫色になるといった場合は緊急性があり、通常予約を待たずに診療可能な動物病院へ連絡してください。
まとめ|治療開始のタイミングは心臓の評価で決めます
MMVDでは「心雑音があるからすぐに薬を始める」のではなく、B1・B2の病期を正確に評価することが重要です。B1では定期的な経過観察を、適切なB2ではエビデンスに基づくピモベンダン治療を検討します。
国分寺ハートアニマルクリニックでは、心臓超音波検査、胸部X線検査、血圧測定などを組み合わせ、心臓の状態を総合的に評価しています。国分寺・小平・小金井周辺で心雑音や薬の開始時期について気になることがございましたらご相談ください。
関連記事:犬の心雑音と心エコー検査/犬の睡眠時呼吸数の測り方/当院の循環器診療
参考文献
- Keene BW, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med. 2019;33:1127–1140.
- Boswood A, et al. Effect of Pimobendan in Dogs with Preclinical Myxomatous Mitral Valve Disease and Cardiomegaly: The EPIC Study—A Randomized Clinical Trial. J Vet Intern Med. 2016;30:1765–1779.
医療情報確認日:2026年10月23日
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