犬の前立腺肥大|血尿・排便時のいきみ、去勢手術と薬の選び方
「尿に血が混じる」「排尿していないのに陰部から血が付く」「便をするときに何度もいきむ」。去勢していない男の子でこうした変化があるときは、膀胱だけでなく前立腺の病気も考えます。
犬の良性前立腺過形成(benign prostatic hyperplasia:BPH)は、一般に「前立腺肥大」と呼ばれる病気です。ただし、前立腺が大きいという所見だけで良性とは判断できません。炎症、膿がたまる膿瘍、嚢胞、腫瘍などを区別することが、適切な治療につながります。
前立腺の病気で見られる症状
前立腺は雄犬にある臓器で、膀胱の出口付近の尿道を取り囲み、精液の一部をつくっています。直腸とも近いため、病変の大きさや位置によっては排便にも影響します。
- 尿に血が混じる、陰部から血の混じった液が出る
- 排便に時間がかかる、便が細い、何度もいきむ
- 排尿しづらそうにする、排尿回数が増える
- お腹を痛がる、元気や食欲が落ちる
一方、BPHがあっても普段の生活に変化がない犬もいます。強い痛みや発熱、急激な体調悪化がある場合は、単純なBPHだけではなく、感染などの併発を疑います。血尿や頻尿は膀胱炎や膀胱結石でも起こるため、症状だけでは見分けられません。
前立腺が大きくなる原因
男性ホルモンが関係する良性の変化
BPHは、去勢していない雄犬で加齢に伴って見られる変化です。男性ホルモンの作用により前立腺の細胞が増えたり大きくなったりします。「良性」はがんではないという意味ですが、出血や排便への影響、感染の併発があれば治療を検討します。
前立腺炎・嚢胞・腫瘍も区別します
細菌性前立腺炎では、急に強い痛みや発熱が出る場合と、慢性的に尿路感染を繰り返す場合があります。前立腺内部に膿がたまる膿瘍は、全身状態を悪化させることもあります。嚢胞は液体が入った袋状の構造で、その位置や大きさによって対応が異なります。
腫瘍との区別が必要なケースもあります。去勢済みだから前立腺の病気はないとは言い切れません。以前BPHと診断された犬でも、症状や画像が変化した場合はあらためて評価します。
受診の目安
尿が出ない/何度もいきんで少量しか出ない/強い痛み、嘔吐、ぐったりする。
血尿や陰部からの出血/排尿・排便時の痛み/食欲や元気の低下がある。
症状はないが検査で前立腺の腫大を指摘された。大きさや変化を確認し、経過観察と治療を検討する。
迷う場合や症状が悪化している場合は、予定日を待たずにご相談ください。
どのような検査をするのでしょうか
年齢、去勢の有無、出血のタイミング、排尿・排便の様子、過去の尿路感染や投薬歴を確認します。診察ではお腹の状態や、必要に応じて直腸から前立腺の大きさ・左右差・痛みなどを調べます。
腹部超音波検査では前立腺の大きさだけでなく、内部の構造、液体のたまり、膀胱なども確認します。尿検査では出血や炎症の手がかりを調べ、細菌感染が疑われる場合は尿培養・薬剤感受性検査を検討します。これは菌を調べ、有効な抗菌薬を選ぶための検査です。全身状態に応じて血液検査やレントゲン検査も組み合わせます。
画像だけでは病気を確定できない場合、前立腺由来の細胞や組織を調べる検査が必要になることがあります。採取方法には出血や感染拡大などのリスクもあるため、すべての犬に同じ方法を行うのではなく、疑われる疾患と検査の必要性を踏まえて判断します。
治療は去勢手術と内科治療を比較して決めます
| 方法 | 期待できること | 注意すること |
|---|---|---|
| 去勢手術 | 男性ホルモンの影響を減らし、前立腺の縮小を促す | 麻酔・手術が必要。繁殖能力は失われる |
| 内科治療 | 手術を行わずに前立腺の大きさや症状を管理する選択肢 | 薬ごとの副作用、継続投与や再発への対応が必要 |
| 経過観察 | 症状や合併症がない場合に、定期的に変化を評価 | 診断と再診計画が前提。自己判断の放置は避ける |
去勢手術の利点とリスク
繁殖を予定していない犬のBPHでは、去勢手術が基本的な治療選択肢になります。前立腺そのものを摘出する手術ではなく、精巣を摘出してホルモンの影響を減らす治療です。縮小には時間がかかるため、術直後にすべての症状が消えるとは限りません。
麻酔に伴う循環・呼吸への影響、出血、感染、術後の痛みなどを考慮します。年齢だけで判断せず、心臓や腎臓を含む全身状態、併存疾患を評価して計画します。術後は食事量と体重の管理も大切です。
薬で管理する場合
繁殖希望や全身状態などを踏まえ、フィナステリドなどの薬を検討する場合があります。フィナステリドは、前立腺の増大に関係するジヒドロテストステロン(DHT)というホルモンがつくられる過程を抑える薬です。中止後に再び大きくなることがあるため、継続の必要性と再診の時期を相談します。

2001年の二重盲検プラセボ対照試験では、BPHの犬9頭を対象に、5頭へフィナステリドを16週間投与し、4頭にはプラセボを投与しました。その後、プラセボ群にも同薬を投与しています。論文では、投薬による前立腺体積の平均減少率が43%と報告されています。
これは「43%の犬が治った」という意味ではありません。少数例における臓器の大きさの変化であり、全例の症状改善や長期安全性を保証する数値ではありません。本研究では飼い主から副作用の報告はありませんでしたが、副作用が起こらないことの証明ではありません。[文献3]
内科治療でも、体調の変化を確認しながら使用する必要があります。薬の種類によって、食欲・消化器症状やホルモンへの影響など注意点は異なります。ご家庭にある人用の薬を自己判断で与えず、使用する薬の適応、入手可能性、注意事項について診察時に確認してください。
感染や膿瘍がある場合は追加の治療が必要です
細菌感染がある場合は、菌の種類、薬が前立腺へ届く性質、全身状態を考慮して抗菌薬を選びます。抗菌薬には消化器症状などの副作用や耐性菌の問題もあるため、残薬を自己判断で使用しないでください。基礎にあるBPHへの対応も重要です。大きな膿瘍や嚢胞では外科的処置が必要になることがあり、状態に応じて専門施設への紹介も検討します。
ご自宅で記録していただきたいこと
排尿の回数だけでなく、尿がまとまって出ているか、排尿以外にも血が付くかを確認してください。便の太さ、いきむ時間、元気・食欲の変化も診察の参考になります。無理のない範囲で動画や写真を残し、使用中の薬とともにお知らせください。
お腹を押して排尿させたり、陰部を強く刺激したりしないでください。便秘に見えても、実際には排尿できずにいきんでいることがあります。尿が出ない場合は、撮影や採尿のために受診を遅らせないことが大切です。
よくあるご質問
前立腺が大きければ、がんなのでしょうか
大きいというだけでがんとは判断できません。BPH、感染、嚢胞なども候補になります。逆に「年齢によるもの」と決めつけることもできず、症状と検査結果を合わせて評価します。
血尿が一度で止まったら受診は不要ですか
出血は断続的に起こる場合があります。止まっていても原因が解決したとは限らないため、出血した日時や状況を記録してご相談ください。
去勢後も症状が続くときはどうしますか
前立腺が縮小するまでの経過を確認するとともに、感染、結石、別の前立腺疾患などがないか再評価します。痛みや排尿困難が続く場合は、次の予約日を待たずにご連絡ください。
医療情報確認日:2026年10月27日
参考文献・情報源
- UC Davis School of Veterinary Medicine. Benign Prostatic Hypertrophy (BPH). 2019.
- MSD Veterinary Manual. Benign Prostatic Hyperplasia in Dogs. 2025年改訂.
- Sirinarumitr K, et al. Effects of finasteride on size of the prostate gland and semen quality in dogs with benign prostatic hypertrophy. JAVMA. 2001;218:1275–1280. doi:10.2460/javma.2001.218.1275.
- MSD Veterinary Manual. Prostatitis in Dogs. 2025年改訂.
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